追悼特集表紙
大学時代の村山実さん

1957(昭和32)年の秋季リーグ前の村山さん。撮影時に30分遅刻し、ほかの選手をムッとさせたという(前川洋さん提供)

村山実さんの経歴



 むらやま・みのる 1936年(昭和11年)12月10日、兵庫県生まれ。住友工業高校(現尼崎産業高校)から55年に関大に入学。野球部では大学2年の時、関西六大学春季リーグを制し、第5回全日本大学野球選手権に出場した。選手権では決勝までの全試合完投の偉業を成し遂げ、計3試合27イニングで2失点、被安打19、20奪三振の好投で関大初優勝の原動力に。このときから「機関車投法」「ザトペック投法」などと称された。
 その後の2年間は肩などを痛め、思うような成績は残せなかったが、大学4年最後の関西六大学野球秋季リーグで復活。リーグ11試合中、7試合を投げて防御率0.34の快記録で全勝。チームも春秋完全優勝を成し遂げる。
 59年にプロ野球・大阪(現阪神)タイガースに入団。1年目に18勝(10敗)で防御率1位、沢村賞を受賞。62年には25勝しMVPに選ばれた。現役14シーズンの通算成績は509試合に登板し222勝147敗、防御率2.09。最優秀防御率3度、最多勝2度、沢村賞3度、MVP1度。背番号「11」は阪神の永久欠番となっている。70~72年、88~89年と2度にわたり通算5年間阪神の監督を務め、93年(平成5年)野球殿堂入りした。